ニコ・ロビンインドメタシンブログ!!

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朝からメッセージ

f:id:barussnn127:20150504075547j:imageニコ・ロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ❗️『メイウェザーとパッキャオの世紀の対決、見たかった。ぼくは仕事で見られず、時々ツイッターとかで経過を見て、それで夜になって映像を一部見た。悪童のイメージがあるメイウェザーと、フィリピンの英雄、国会議員もしているパッキャオ。最強のふたりの激突は、すごかったんだろうなと思う。

ところで、パッキャオって、身体にいろいろタトゥーを入れてますよね。それで改めて思ったのが、日本のタトゥー入浴問題。ぼくは、タトゥーを入れている方も、温泉や公衆浴場にふつうに入れるようにするべきだと、<<<強く>>>考える。そのことについて、いくつか補足したい。

日本では、ある筋の方がタトゥー(刺青)を入れていた、という歴史的経緯があり、そのことから、タトゥーにある社会的な文脈が付随している、だから、温泉には入れない、という議論だと理解しているが、しかしこれは論理的におかしい。集合の包含関係の混同がある。

タトゥーをしている人が入っていると、不快や、不安に感じるお客さんがいる、という理屈も良く聞く。これもおかしな話で、一部のお客さんの感情のせいで他のお客さんが入浴することを拒否する、という論理構造になる。そんなことをやっていたら、公共の場所は成り立たない。

ここで確認なのだが、タトゥーに、ある種のstigma(悪いイメージ)が伴うことがあるのは、日本だけの話ではなくて、欧米やそのほかの世界でも同じこと。しかし、そのことと、タトゥーを入れた方の入浴を拒む、ということは、論理的に全く別のことである。

私はタトゥーを入れない、という方がいらしても全く構わない。現に、ぼくも入れてないし今後も入れる予定はない。しかし、そのことと、タトゥーを入れた方が温泉に入ることを拒否するというのは全く別の話であって、この驚くべき論理の飛躍を日本中でやっているのは世界的な恥だと私は考える。

タトゥーの入浴拒否ほど、その論理構造(そもそも論理があれば、の話だが)を理解できない問題は、この世に存在しない。そのような悪習が日本中で行われていることを、恥ずかしいと私は思う。そもそも、フィリピンの英雄、パッキャオさえ入れない温泉って、おかしくないですか?』