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ニコ・ロビンインドメタシンブログ!!

エッセイいろいろな内容のブログ

朝からメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『

画家のアンリ・ルソーは、ジャングルの様子や、砂漠で眠る女など、幻想的な作風で知られた人だが、ずっと素人画家だった。働きながら、自分の才能を信じて、こつこつと描き続けていたのである。

ルソーが世にでるきっかけになったのは、パブロ・ピカソが偶然見出したことだった。ルソーが描いた絵が、当時はキャンバスが高価だったために、塗りつぶして新しい絵を描くための画材として売られていたのを見て、ピカソが驚いたのである。

ルソーが「まともな画家」として認められるためには、ピカソの「発見」のあとも時間がかかった。ルソーは独創的だったが、そのタッチは素朴で、洗練されたものとは言えない。見方によっては「下手」である。エスタブリッシュメントはなかなか認めなかった。

しかし、ルソー本人は、あくまでも、自分の才能を信じて疑っていなかった。そして、描き続けた。今日の言葉で言えば「グリット」(grit、続ける力)があったのである。

グリットは、いわゆる「才能」よりも強く、その人の成功に関わると考えられている。駄目だと言われても、けなされても、とにかく続けること。そのような粘り強さが、最終的には結果につながる、とかんがえられるのである。

しかしここで、仮にルソーの絵が、ピカソによって発見されず、ルソーが無名のままで終わってしまったと仮定しよう。それでも、ルソーは、自分の才能を信じて、絵を描き続けたろう。その場合のルソーの生涯は、不幸だったと言えるのだろうか。

確かに、ルソーにとって、見出され、認められることはうれしいことだったに違いない。しかし、グリットを持つ人は、もともと、そのような外部的評価に左右されないという資質もあるはずである。他人が何を言おうと、自分の中に基準があって、それを追い求め続けるのである。

ルソーが、自分の信じる絵を描き続け、結局発見されず、認められず、無名で終わったとしても、彼の人生は幸せであったろう、絵を描く時間は満ち足りていたろう、と考えることで、初めて「グリット」の本質は見える。グリットは、無名のルソーにこそ宿るのである。』