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朝のバスパワー小説

f:id:barussnn127:20160602093355j:imageニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんの小説
『 ジャックは、自らトムと名乗った男を、観察してみた。
 

 ほんの数秒のことだったが、次のようなことが見て取れた。
 

 トムは、整った顔立ちをしていた。ひげはきれいに剃られていて、白いシャツの喉元が涼し気な印象を与えている。シャツの上から着込んだ濃紺のセーターは、近くで見ると薄手のもので、夏に羽織っていてもおかしくはない。
 

 ジャックと眼を合わせて笑う、その時のトムの表情は、好青年と言っても良いほどだ。
 

 不思議だ。フェリーの上で見かけた時は、それなりに年齢の行った男だと思ったのに、今、こうして近くで見ると、むしろ、大学を出たてくらいの人物に思えてくる。
 

 赤い風船を持って立っている間に、若返ってしまったのだろうか。
 

 「私は、ジャックです。」
 

 ジャックは、握り返されたトムの手が、案外と柔らかいのに驚いた。
 

 「トム、ごめんなさい。こんなことを言うと、笑われてしまいそうですが。」
 

 ジャックが話し始めると、トムの顔に、怪訝そうな色が浮かんだ。
 

 「先程、赤い風船を持って立っていらした時、あなたが、少し浮いているように見えたのです。」
 

 トムが笑って、白い歯が見えた。


 「私が浮いていた? まさか。もっとも、こんな天気の良い日には、しばしば、そのような幻覚を見るものですが。」


 それから、トムは悪戯を思いついた子どものような表情になった。


 「もっとも、私は、世間の常識から、確かに少し浮いた存在なのかもしれません。何しろ、こんな時代に、神学校に通っているのですから。」


 「神学校?」


 「正確に言うと、通っていた、と言うべきかもしれませんね。昨日まで。」


 「というと、卒業なさったのですか?」


 ジャックの口が、答えを予期して、続いて、「おめでとう」と動きそうになったその時、トムから意外な言葉が出た。


 「いいえ、そうではありません。私は、破門されたのです。」

つづく。』

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