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いきなりメッセージ

f:id:barussnn127:20160118121807j:imageニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『
雪で休校のよろこびは、一瞬で消える
首都圏で、雪が降った。交通機関が乱れて、ご苦労なさっている方々も多いと思います。よく言われるのは、「これくらいの雪で、東京の人はなぜ騒ぐのか」という話。雪国では、もっと積もっているのに、数センチの雪で右往左往するとは、何事かと。
しかし、雪国と比較しての東京軟弱論は、あたっているようで間違っている。そもそも、ある事象が生物にとって持つインパクトは、予想されることと起こったことの間の「コントラスト」にあるのであり、それほど予想されなかったことが起こってパニックになるのは、当然だと言える。
仮に、東京に雪が年間100日降るようになったら、コストはかかるかもしれないが、交通機関などはそれなりの対応をして、人々の生活習慣も変化するだろう。積雪するほどの降雪がレアイベントだからこそ、人々はそのコントラストに大きな反応をする。
雪が降ることへの対応が、いろいろと探りつつ、どこか楽しんでいるように見えるのも、降雪が意外性と新規性を持っているからで、これが日常茶飯時になってしまっては、フレッシュな反応は起こらなくなってしまうだろう。
ところで、今日は多くの学校が休校になって生徒、学生たちはよろこんでいるものと思われるが、「雪で休校」となって、「ああ、今日は行かなくていいんだ」とゆったりした瞬間のよろこびも、コントラストによるものである。それは、瞬時に最大化し、その後急激に陳腐化する。
雪が降って休校になったよろこびは、朝が昼になり、午後になるにつれて急速に日常の陳腐さの中に埋もれていき、「なんだかなあ」という、退屈な気持ちへと変化していく。脳が、コントラストを好む以上、当然のことだ。コントラストは、一瞬にしか存在しないのだから。
乾杯で、最初のビールを飲む瞬間のよろこびがあっという間に陳腐化するように、雪が降ったことによるあれこれの清新さも、すぐに陳腐化する。そのような脳の特性を知っておくと、清新さの断面を、うまく接続することができるようになるだろう。
雪で休校のよろこびは、落ちては溶ける淡雪のように一瞬で消える。よろこびは振り続けることはないし、積雪することもないのである。