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朝からメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからメッセージ『新国立競技場は、負ける建築で
新国立競技場の問題が迷走している。2020年の東京オリンピックを最高のかたちで迎えるためにも、現行の案は白紙にもどし、槇文彦氏の示唆されるように設計をやり直して、より現実的なかたちにすべきである。今朝は、その背景となる考え方についてコメントしたい。
ザハ氏の案が、美的な意味でどうかの評価は差し控える。最大の問題は、それが、神宮外苑の緑あふれる環境にそぐわないということである。現行案のような、奇抜で巨大なものを建てたら、予算の問題は置いたとしても、将来、周辺の景観にダメージを与えるeyesore であり続けるだろう。
そもそも、21世紀において、日本が世界に発信する建築的メッセージとして、ザハ案はまったくそぐわない。現代の代表的建築家のひとりである隈研吾氏は、「負ける建築」ということを言われる。建築は、設計者の自我の主張、押し付けではない。むしろ、周辺の環境に「負ける」ことが大切。
「負ける建築」とは、つまり、周辺の環境、文化、歴史的文脈に合わせて、その中で違和感を与えず、ひっそりと息づく、そんな建築であり、まさに日本人の伝統的な建築観(借景などを大切にしてきた)に合うものだろう。新国立競技場には、そのような、環境に適応した控えめな視点こそが必要である。
隈研吾氏だけでなく、伊東豊雄氏や、SANAA妹島和世さんと西沢立衛など、近年の日本の建築が一貫して追ってきたのは、環境と適応した優美さ、しなやかさである。なぜ、そのような日本発のすぐれた建築のミームを活かさずに、今回のような奇抜な案になったのか。残念極まりない。
安藤忠雄氏の果たした役割については、特に言うことはない。ただ、安藤氏も、常に環境との調和を考える建築をしてきたことは事実(長屋から、水の教会、地中美術館まで)。さらに東京湾の人工島を森林にするプロジェクトにも、力を注いでこられた。ザハ案は、そんな安藤さんの履歴からも違和感あり。
JSCの強硬姿勢が批判される。私も、決して肯定はしないが、そもそも、官僚的機構は、一度決めたことを自己修復する能力を(by definition)持たない。日本の建築的ミームの近年のベスト&ブライテストの文脈から著しく外れたザハ案を破棄し、ゼロからやり直すのは政治的決断しかない。
文部科学大臣や、総理大臣の職能は、このような時に政治的決断をするためにこそ存在する。一日も早く、ザハ案を破棄し、ザハ氏側には違約金を払い、IOCには、きちんと状況を説明して、早急に設計をし直すべき。Eyesoreになることが確実な現行案を進めるほど、無責任なことはない。
最後に、そもそもザハ案が出てきた背景には、入場者数や、オリンピック終了後の用途のための開閉屋根など、建築の拘束条件に課せられた発注者側の仕様が非現実的だったと聞いている。規模を追い求める愚かな発想はやめ、原点に戻った最低限の仕様にすべきである。これも、政治決断が必要な点だろう。』