ニコ・ロビンインドメタシンブログ!!

エッセイいろいろな内容のブログ

朝からメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからメッセージ

『個性は誰でも「正解」で、欠点と長所は表裏一体です。でも、思春期には、自分のある特徴が受け入れられなく感じられることがある。自分を受け入れて、それを安全基地とすることが、発達の最大の課題です。『赤毛のアン』の主題の一つが、ここにあります。 自分の嫌でたまらないことが、他人から見ると、魅力的なことがある。それに気づけるかどうか。「赤毛のアンコンプレックス」は、誰にも当てはまることのようです。それを乗り越えるヒントが、『赤毛のアン』という作品にはあります。』

 

朝からメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからメッセージ

小津映画は、多くが、その日常が積み重ねられる家族の「崩壊」や「解体」を描く。結婚や死によって、いつまでも続くと思っていた家族のかたちが変わり、そのことで、かつて存在した日々が、この上なく大切なものだったということがわかるという構図になっているのである。

 


小津映画が、一見、あまりにも日本的な世界を描きながら、同時に普遍性を獲得しているのは、つまり、人間である以上地域や文化と関係なく成立しているほんとうのことに接触しているからだろう。日本的ということは表面の属性に過ぎない。その向こうに、人間としての本質がある。』

 

朝からメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからメッセージ

「わび」とは、足りないものでもそれで美を見出すことで、それまで中国から来たような立派な茶器を使っていたのに、千利休が裏の竹やぶからとってきた竹で茶杓をつくったり、花生けをつくったりしてそれで美しい節があってもいいんだと道を開いたのが「わび」である。

 


「さび」とは、経年変化で質が劣化したように見えてもかえってそれがいいのだ、という美意識で、茶碗だったら伝世品で人から人に使われる間に「景色」になるのがいいし、漆器などでも、剥がれけたりしたのがかえって美しいと感じること。』

いきなりメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからメッセージ

何回も書いているけど、現役、一浪、二浪というのも一種のエイジズムで、つまり人生にはいろいろあって、多様な道筋があるということを想像できないし、許容できない、あほらしいが、自分たちは何か意味のあることを考えていると思っているからバカらしさも救いようがないレベルである。

 


一番笑ってしまうのは、30歳になったからどうだとか言う人たちって、それって、単に10進法で表記しているからだろうと心の中でつっこみを入れる。自然数Nが、10進法だから特別なふうに見えたとしても、それって何の本質的な意味もない。それくらいのことも気づかない。

 

朝からメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからメッセージ

灘中灘高から東大に行くことをNNTというらしいけれども、NNTがエリートの象徴、みたいな時代はもうとっくに終わっていて、自分で計画して自分で学び、自分で達成していく方法がもっと前面に出ないとだめだ。そこでNNTと絡んでもいいけど、絡まなくてもよくて、いずれにせよどうでもいい。』

 

ジャーンコラパハーツンターマいきなりメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからメッセージ

来たのである画像付きですかね、奴婢さ。宍粟日ワハハヤかサワサユヤハワユソヨホカヤコヤワソサホサソシヤナハ、ホヨハユホヤサヤサソロホユサヤホラヤE'N'MTMEはB'JMTTDTETDUDMMTMと

00✖︎`mⓂ️ETDWTDTDWETが。

E'DMDTというけど。

“  tytodは。

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ややさゆやほさゆやほさはやのほというのはやさやそそサチャーラヤンキーはややや早さそややさやや早く

『0ストはせずにいる!


"Дуу хуургй бол найр найр бишээ
Дугараа снгй бол наргиан наргиан бишээ

誰かが声高に「人生こうじゃなくちゃ」と言っているときに、ちょっと待てよ、それ、君はそれでいいかもしれないけど、そもそも君だってそうなるかわからないし、そうじゃない人もいるだろうし、そんなの、普遍的な価値じゃないだろう、と批判的思考で検証すべきだ。 「今の自分でぎりぎりできるレベルに課題を設定する」「自分のいちばん内側の声に耳を傾ける」「欠点と長所が一体となった自分の個性をみきわめ、それを受け入れる」このような人生の指標は、どんな人にも当てはまって、みんなで進むことができるから、ぼくはそういうことだけを言うようにしている。』

 

 

いきなりメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからメッセージ

学校の唯一の意味というか、意義がありそうなのは周囲とのディスカッションで基準を知ったりメタ認知することだけれども、それだってネット上に無数にある同行の士の掲示板とかフォーラムに出入りしていれば、だいたいレベルはわかるので、別に学校に行く必要はない。 そもそも、現代という複雑で巨大な文明生きものを生きる上で必要な知識やスキルが、特定の学校に行ってそのカリキュラムに従うことで得られるという前提時代が間違っているわけで、どんな学校に行っていても、その学校ガン無視して自分で勉強するというスピリットは必要だ。 』