ニコ・ロビンインドメタシンブログ!!

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朝からメッセージ

ニコ・ロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『なんとなく、雑談をしたくなることってあるよね。今朝はそんな気分。なんとなく、二人の人物の話をしようと思う。ひとりは、ルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン。20世紀最大の哲学者のひとりである。彼はケンブリッジに行って、バートランド・ラッセルに、論文を渡してこういった。
「先生、私には哲学の才能があるでしょうか? もしなかったら、プロペラの設計をしようと思います」翌日、ラッセルはヴィトゲンシュタインにこう言った。「君、プロペラの設計はやめておきたまえ」。
ラッセルに才能を認められたヴィトゲンシュタインだが、ケンブリッジ大学をやめて北欧の山小屋に引っ込んでしまった。そして書いたのが、「論理哲学論考」。最後の「語りえぬものについては沈黙しなければならない」はあまりにも有名である。
ヴィトゲンシュタインの家は、オーストリアでも有数のお金持ちだったが、彼は遺産相続を放棄して、小学校の先生をやっていた。やがて、ケンブリッジ大学に教授として呼び返されたが、こんなところにはいられないと、やめてしまった。
次に、そのヴィトゲンシュタインの才能を見出したバートランド・ラッセルである。ラッセルはホワイトヘッドとともに「プリンキピア」を表して近代数学の基礎を開いたが、その過程で有名な「ラッセルのパラドックス」を見出し集合論の根底に横たわる矛盾に気づいてしまった。近代数学の悩みはラッセルに始まる。
そのラッセルは平和主義者で、反戦活動をして、そのかどでケンブリッジのトリニティ・カレッジを追い出されてしまった。どの国にも国家主義者はいる。この問題はトリニティカレッジ史上の汚点として反省されているという。
ラッセルの思想はノーベル文学賞を受け、功成り名遂げた晩年になっても変わらず、90歳を超えて、反戦デモ行進に参加して逮捕されている。
なんで今朝、ヴィトゲンシュタインやラッセルのことを思い出して、その雑談をしてみようかと思ったのかと言えば、国家や大学といった権力、権威に対する距離感、位置の取り方の一つの規範としてだろう。
国家権力に寄り添ったり、大学という権威をかさにきたりする、歴史に残る素晴らしい知識人というのは残念ながらほとんど存在しない。
そこには、古今東西にわたる人類の一つの普遍的真理があるが、人間は弱いものだから、しばしばそれを忘れる。』
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