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ナイターメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『

私は、TOEICの意味がわからない、と以前から申し上げているけれども、どういうところが意味がわからないのか、ということを今朝は改めてclarificationしたいと思う。もちろん、これは個人的な見解で、TOEICを受けたい、使いたいという人がいるのは仕方がない。

TOEICのsample questionを見て驚くのは、その無味乾燥、知的負荷の低さである。TOEICの記述を見ると、日常生活や国際ビジネスに用いる英語力を測るなどと述べられているが、その「国際ビジネス」とは、一体、どのようなものだと思っているのだろう?

Financial Timesはぼくの大好きな新聞で、おそらく国際ビジネスというと代表的な新聞の一つなのだろうが、経済、政治の分析はもちろん、文学や美術についても、きわめて高度な評論を載せる。英文も、当然のことながら面白い。夢中になって読むこともある。

比較して、TOEICの英文は、人をバカにしたような内容のものが多い。知的負荷が低すぎるのである。教養が要らない。そのような英語が、日常的には重要なのである、という主張なのだろうが、私は極めて疑問だと思っている。TOEICなんかに拘泥していると、結局二流の話者にしかならない。

TEDの会場で行われているトークや議論を見ても、あるいは、ビジネスのトップの方との話を振り返っても、国際ビジネスで必要とされるのは圧倒的な教養力であり、dumbing downした内容のTOEICで、一体何が測られるのか、ぼくには全くわからない。

そもそも、誰かを採用したり、海外に派遣する人を選ぶ時に、TOEICのスコアを参照するという日本の企業(の一部)にあるらしい習慣が全くわからない。誰かの英語力なんて、5分か10分面接すればわかるし、必要ならば英語を書かせればいいし、それで十分だと考える。

TOEICという謎のテストが隆盛しているのは、日本の企業の方の英語力が平均して低いということと、標準化、お墨付きを好む日本人のメンタリティが結びついた特殊状況でしかなく、TOEICのために勉強するなどという事態は、英語力の教養という意味においては、nightmareでしかない。