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朝からメッセージ

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ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『

サザエさん」の視聴率がたまたま低かった、というニュースを見て、改めて、日本のテレビは、「フロー」はあっても、「ストック」をつくり、活用するのが本当にへただ、という問題を思い出したので、今朝はそのことを考えたい。

サザエさん」は、長寿番組で、今までたくさんのエピソードがあるはずだけど、それがストックされて、過去にさかのぼって見られる、ということを聞いたことがない(あるならば教えてください)。つまり、「サザエさん」はフローであって、ストックではない。

日本のテレビは、基本、フローである。つくっては流し、次に行く。一つのコンテンツを、丹念につくり、それを、ストックとして長年にわたって鑑賞し、育てていく、という発想が少ない。作り手の努力が報われるという意味では、もったいないと思う。

このところ、日本の「お笑い」の問題点をいろいろ書いているが、ここでもストックの欠如がもったいない。ドキュメンタリー調や、ドラマ調のコメディ番組、スケッチ番組を丹念につくって、長年コンテンツとして鑑賞し、古典に育てるという発想があまりにもなさすぎる。

イギリスの「The Office」「Fawlty Towers」「Alan Partridge」「Father Ted」のようなコメディドラマは、基本、1シリーズ6本で、それが2シリーズ、プラスクリスマス・スペシャルと、10本ちょっとしか作られない。それを、丹念につくる。

たった10本ちょっとしか作らないコメデイドラマを、何年も見ていく。Fawlty Towersなどは、全エピソードがみな諳んじたり引用し続けられるくらい見続けられている。つまり、ストックになっているのであり、単なるフローではない。

日本のテレビは、毎週同じ時間にレギュラーをやる、という発想が強すぎて、そもそも、本数が多すぎる。だから、結果として「粗製濫造」になる。本数を絞って、ほんとうにクオリティの高いものをつくって、コンテンツとして長年活用していくという発想がない。

システムとして問題なのは、制作会社が一括して著作権を持ち、管理するという体制になっていないことだろう。そうなれば、制作会社もやる気が出るし、単なるフローではなく、ストックとしてのコンテンツをつくろうというモチベーションがわいてくる。

そう考えると、「ストック」としての活用があまりないにもかかわらず、毎週あれだけのクオリティのものを作り続けている「サザエさん」の制作は、一つの奇跡とも言える。本当は、制作会社が著作権を持ち、ストックとしても活用すれば、製作者もうるおい、さらなる制作への資本にもなるのだが。』