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朝からメッセージ

f:id:barussnn127:20151219073834j:imageニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『
昨日、夕方頃、「五輪旧エンブレム選考で不正」みたいなネットニュースのヘッドラインを見たが、確認する時間がなかった。今朝見たら、「ああ」と思ってしみじみ面白かった。面白かったというのは、やっぱりというか、「典型感」があったからである。
日本の「著名なデザイナー」8名にあらかじめ応募を要請した他、エンブレムの選考で二次に進むために、票が足りなかった著名デザイナーの2作品について「耳打ち」することで、追加投票して進めるようにしたのだという。
「耳打ち」というのがとても面白いが、いずれにせよ、談合というか、出来試合というか、阿吽の呼吸というか、情けないが、いかにも典型的で、というのも、日本の社会を見ると、今回の「エンブレム耳打ち事件」のようなことは頻繁に起こっているように思う。
すぐに思い出すのが「公募展」で、しばらく前に、「入選」作品が事前の根回しで調整されているというのがスキャンダルになっていた。それは是正されたけれども、日本社会のあちらこちらに、似たような話があることはいわば「常識」だろう。
質に基づいて、ガチの勝負をする、ということを避け、年功序列の出来試合をすることで、社会の安定を保つ。これが長い間の日本社会の「知恵」だったのだろうけれども、今回の五輪エンブレムの騒動でわかるように、そろそろ持続不可能になってきたように思う。
そもそも、国立競技場にしても、エンブレムにしても、参加資格に「著名な賞を受けた」などの要件を入れる時点で、年功序列、談合、出来試合の誹りを免れない。それでいい、と関係者が思っていたことが、日本の「エスタブリッシュメント」の典型的なメンタリティだと思う。
それぞれの瞬間に、どれくらいの仕事ができるかというperformanceよりも、いわば保有資産からの「家賃収入」(rent)をどれくらい確保できるかということが重視される。rent > performance ということで、日本社会は回ってきた。
rent > performance は、社会を安定させるための一つの知恵であり、すでに「特権クラブ」に入った人にとっては自分たちの利益を温存する仕掛けだったが、今回のエンブレム騒動は、そのような日本社会の旧弊が変化する兆しかもしれない。
エスタブリッシュメント」の間で利益を回していても、社会にイノベーションが起こらなければ、「パイ」がどんどん小さくなっていくだけだ。有名無名に関係なく、ガチの勝負をして初めて活性化する。その時に必要なのは、真の「批評性」であろう。