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いきなりメッセージ

f:id:barussnn127:20151007120826j:imageニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『
昨日、『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』などのガンバ・シリーズで有名な斎藤惇夫さんとお話する機会があった。このほど、映画『GAMBA ガンバと仲間たち』が完成したのをひとつのきっかけに、版元の岩波書店が開催したのである。
白イタチの「ノロイ」がガンバたちを誘い出すシーンがとても印象的だと斎藤さんに言ったら、「ああ、あれはね、少年にとっての、年上の女性なんですよ」と言う。なるほど、と思った。潮路のような身近な女性のイメージとは別の、遠くに誘うような、そんな幻想的な女性のイメージを書いたのだという。
斎藤惇夫さんは、ガンバ・シリーズを書いているときは福音館の編集長をしていて、執筆は23時から25時までの2時間と決めていたのだという。お酒を飲んでかえってきても、必ず2時間、原稿用紙6枚分きっちりと書いていた。
それで、斎藤惇夫さんが「6枚」ということについて言ったことが面白かった。「私はあなたを愛しています」の「私はあなたを愛し」のところで原稿用紙6枚の最後のマスに来たら、そこでやめてそれ以上は一字も書かない、という、徹底したポリシーだったというのである。
斎藤惇夫さんの、この、毎日時間を決めてその間に書くという執筆態度は、大好きだというトマス・マンのやり方に習ったのだという。そのようにして、毎日6枚ずつの原稿を書き、三ヶ月続けば数百枚になる。このようにして、冒険小説の傑作が生まれていった。
面白かったのは、斎藤惇夫さんの原作を元にしてつくられたアニメ『ガンバの冒険』を、斎藤さんは3話しか見ていないということである。「最近も、ブルーレイが送られてきたから、見ようと思ってわざわざ機器を買ったけど、やっぱり3話までしか見ていない」と斎藤さん。
その理由を探っていって、なるほど、と思った。アニメの出来に不満足なのではなくて、斎藤惇夫さんにとって、「ガンバ・シリーズ」という作品は、それを書いてしまったことですでに終わっている。いわば、過去のことで、それ以上の関心がない、ということが本質なのだと感じた。
小説は、それを読んでいる時間の中にしかないと言ったのは、作家の保坂和志さんである。確かに、読者にとって、ある作品は、それを読んでいる時間の中にしかない。同じように、作者にとっては、その小説は、その小説を書いている時間の中にしかないということなのだろう。
先日、京都市交響楽団で園田隆一郎さんの指揮、小谷口直子さんのクラリネットで、モーツアルトの「クラリネット協奏曲」の演奏を聞いた時、小谷口さんがクラリネットと一体となって、うねるように音楽を生み出している様子に感銘を受けた。作者が作品を生み出すプロセスはこれに似ている。
斎藤惇夫さんが「ガンバ・シリーズ」を生み出した時間は、斎藤さんにとって作品と一体となって生命がうねる、幸せなものだったろう。その時は終わり、斎藤さんが作品に同じような関心を払わないのは理解できる。一方、これからガンバ・シリーズを読む読者にとっての作品は、これからの時間の中にある。』