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朝からメッセージ

f:id:barussnn127:20150804095629j:imageニコ・ロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからメッセージ『夏休み子ども科学電話相談を聞いて考える
昨日、研究室の合宿でレンタカーを走行中、NHKラジオ第一の「夏休み子ども科学電話相談」を聞いた。とてもおもしろかった。恐竜担当の先生がいるのは、子どもたちの心の中で
恐竜の占める位置が大きいからだろう。明日(つまり今日)は放射線の専門の先生も出演されると言っていた。
「子ども電話相談」のフォーマットは、ぼくが小さな時から変わっていない。学年と名前を言って、質問をする。先生が説明すると、子どもが、「はい」「はい」と相槌を打つ。説明が終わると「わかりましたか?」「いいかな?」と先生が聞いて、子どもが「はい、ありがとうございました」と答えて終える。
「子ども電話相談」は、子どもの素朴な疑問に対して、大人が生真面目に答える、それに対する子どもの反応がたのしいし、また、聴いている大人の側も勉強になることも多いので、人気があるのだろう。きわめて良質のコンテンツであることは間違いなく、これからも末永く続いてほしい。
その上で、昨日聞いていて違和感も抱いた。「子ども電話相談」の前提は、子どもの質問に対して、大人が「正解」を持っていて、それを子どもに伝えるということであるように思われる。グーグルなどの検索エンジンが発達した今、質問には、検索すればそれなりの情報が出るものも多い。
何よりも、大人が「正解」を知っているという前提そのものが間違っていることもある。そもそも、ポパーによれば、科学は反証可能性によってこそ担保される。どんなに正しいと見える「知識」も、つねにそれが「間違っている」と示すことができる可能性とともにある。
回答している先生が間違っている可能性もある。そんなことを子どもに伝えるのは、難しいかもしれない。放送時間の制約がある以上、子どもの素朴な疑問に対して、先生が答えるという、今のフォーマットを変えるのは難しい。別のフォーマットは何か、と考えても、なかなか答えは見つからない。
それでも、「子ども電話相談」の、正解を知っている大人が子どもにその知識を伝えるという前提自体が、「科学」の本質ではないということは認識されなければならないだろう。ほほえましいやりとりの中に、私たちの学力観や、子ども観、メディアの役割についての前提認識がかいま見える。
「子ども電話相談」の番組としてのすばらしさを認めつつ、子どもが「はい」「はい」「はい、わかりました。ありがとうございました」と言っているだけでは、何かが足りない、と感じる。このことは、日本人の特性として言われている良い意味での律儀さ、悪い意味での従順さと関係していると思う。』