ニコ・ロビンインドメタシンブログ!!

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朝からメッセージ

f:id:barussnn127:20150601064756j:imageニコ・ロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『
ていい」と言うことがあるけれども、このような発言は、本質的には、大学に行かない・行けない人、学校に行かない・行けない人に向けているんだなあ、とある時気づいた。

実際に大学に行っている人、学校に行っている人は、その機会を最大に利用すればいいと思う。何もそこまで否定しない。問題は、人生のさまざまな流れの中で、大学と縁がなかったり、学校に行けなかったりする人がいた時に、それでも学びの方法なんていくらでもあるよ、と伝えたいのだと思う。

学校に行かなくては、という深層心理の強制は手強いものらしく、ぼくはある時期、「あっ、もう一ヶ月も学校に行ってない、どうしよう!」とうなされる夢を時々見た。実際には学校には行く方だったが、社会に出て、決まった時間にどこかに行くという生活から離れて、ある種の脅迫観念だったのだろう。

「早寝早起き朝ごはん」という生活習慣は大いに結構で、実際にぼくは毎日それだが、しかし、小学校などの現場で、あたかもそれさえ守っていれば教育は大丈夫、みたいにマントラのように唱えているのを見ると、なんだかなあと心配になる。そこから外れる子どもたちは、必ず出てくるからだ。

つまり、ぼくが言いたいのは、学校に行くことにしても、大学に行くことにしても、早寝早起き朝ごはんにしても、こうあったらいいね、という規範を唱えるのはいいとして、人生、そこから外れてもそれなりに大丈夫だよ、なんとかなるよ、という自由を同時に担保しておくことが大切だということなのだ。

大学なんか行かなくても学びはできる、というのは本当で、ただ、大学には居場所、安心感という機能があって、市場ではそれが年間授業料という価値に見合う、ということなのだろう。それだけだから、学び、居場所、安心感を別のかたちで構築できる人は行かなくてもいいし、そっちの方が実は価値がある。』