ニコ・ロビンインドメタシンブログ!!

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朝からメッセージ

ニコ・ロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『
f:id:barussnn127:20150525065802j:imageナッシュ氏とその妻がタクシーの交通事故で亡くなったというニュースに接し、たいへん驚くとともに、悲しい気持ちになった。おふたりのご冥福を、心からお祈りもうしあげます。

ナッシュ氏の生涯を描いた映画『ビューティフル・マインド』で、忘れられないシーンがある。精神のバランスを崩したナッシュ氏は、さまざまな幻覚を見る。その中に、繰り返し現れる小さな女の子がいる。

幻覚をありありと感じてしまう心の状態には、統合失調症などさまざまある。そのような場合、主観的には本当にあることと幻覚が区別つかなくなる。その結果、どうなるか。現実と幻覚の区別がない世界に適応し、そこから新たな解釈を立ち上げるしかない。

「正常」、あるいは「典型的」な心の状態では、現実と幻覚は区別がつく。しかし、原理的な視点から見れば、「現実」は実は脳がつくりだした幻覚である。現実という幻覚が生存に好都合なように絵作り、味付けされているから私たちは生きているのであって、その境界が揺らぐと、たいへんだ。

原理的には「現実」でさえ「幻覚」である世界の中で、心のバランスを保つための手がかりがある。映画『ビューティフル・マインド』では、ナッシュ氏が、自分が年をとるにもかかわらず、繰り返し見る女の子がずっと同じ年令であることに気づいて、それを手がかりに迷宮から逃れるという設定だった。

「正気」と「狂気」の境は、往々にして相対的なもの。『ビューティフル・マインド』は、繰り返し自分の前に現れる女の子が永遠に同じ年令であることを手がかりに狂気の沼から正気へと抜け出るかすかな紐を描いたことで、心に残る映画となった。誰でも、紐を必要としている。紐は多くの場合論理である。』