ニコ・ロビンインドメタシンブログ!!

エッセイいろいろな内容のブログ

朝からメッセージ

ニコロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『
自分で読み返して思ったのだけど、これは、「居場所」もひとつのテーマかなと思う。あの頃、授業のあとの東京都美術館前の飲み会は、一つの「居場所」だった。人間は弱いものだから、関係性、所属、承認の欲求がある。大学はそんな「居場所」で、公園での飲み会が、それを補完していた。

大学について、これだけいろいろ言われても廃れないし、みんな志願するのは、結局「居場所」が欲しいからだろう。ぼくが東京芸大で授業を持っていたころの工夫の一つは、その「居場所」を、なるべくオープンに、外の世界にゆるやかに接続するようなかたちで持ちたい、ということだったのかもしれぬ。

世の中に、「居場所」がなくて悩んでいる人、苦しい人はたくさんいる。「大学」や「会社」は、確かに偉大な居場所だが、その所属には手間がかかり、またメンテナンスにはコストもかかる。「内」と「外」を分けることの苦しみもある。だから、もっと手軽に、フレキシブルに居場所をつくれないかと思う。

居場所をオープンにしておくのは案外むずかしくて、以前、ネット上でQualia Cafeという掲示板をつくって一種の居場所になっていたが、へんな人、おかしな書き込みをする人が続出して維持できなくなった。ネット上のコミュニティは、オープンにしておくのがとても困難である。

その点、藝大の授業のあとのトビカン前の飲み会がなぜ素敵だったかというと、結局、そこに身体性が伴っていたからで、大学にしても、会社にしても、安定した居場所の鍵は、身体性だと思う。身体性を伴う居場所(「今、ここ」)を、どうしたらもっと手軽につくれるか。これはひとつの課題だ。

ぼくたちがいつも飲んでいたトビカン前のスペースは、改修工事ですっかり姿を変えてしまって、その面影もない。でも、今でも、そのあたりを通る度に、そうそう、ここでそうなったんだよな、と思い出して、かつてあった居場所のありがたさが、身にしみてくるのである。』f:id:barussnn127:20150522073046j:image