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朝からメッセージ

f:id:barussnn127:20150510072529j:imageニコ・ロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ『師匠と話していて、面白いと思う視点があったので、そのことを書く。ぼくは小学校低学年から寄席に通っているから、ネイティヴと言っていいだろう。その寄席と、ホール落語、落語会の違いについて、玉の輔師匠が鋭いことをおっしゃった。

落語家がプロであるゆえんの一つに、寄席で前座から鍛えられるということがある、と自負されているというのである。もちろん、立川流のように、寄席とは違う養成システムもあるから一概には言えないが、子どもの頃から寄席を空気のように吸ってきた私としては、なるほどと思い当たることがあった。

(東京の)寄席は、落語の間に漫才や園芸などのいわゆる「色もの」が入る。トリは30分くらいやるが、その前だとふだんで15分くらい。前後の演者が押したりまいたりすると、伸縮自在に変えなければならない。時には、次の演者がこなくて、来るまで話をつながなければならないこともある。

寄席のお客さんは、飲み食いしたり、途中でトイレに立ったり、話の途中で入ってきたり、携帯がなったり、いろいろある。はとバスのような団体さんもいて、時間になるとぞろぞろ入ってきたり、あるいは一斉に帰っていったりする。そんな中で、落語家さんは噺を演じなければならない。

一方、ホール落語や、落語会は、最初から落語を聞きにきた、いわば「整った」お客さんが多い。最初から最後まで、きちんと聞く。そのような場では、本寸法の落語を、じっくりやれる。逆に、ともすれば、マニア受けの世界になったり、落語以外の世界に開かれなくなってしまうこともある

難しいところで、落語という芸術を、ホール落語や落語会で突き詰める、ということも大切だが、その一方で、マニアの世界に閉じるということもある。(実際、落語ファンと話していると、仲間受けやりすぎだろう、と思うことがある)。だから、初心者も来る寄席は、格好の「心のジム」となる。

寄席と、ホール落語、落語会の違いは、いろいろな分野にあると思う。講演会でも、ホールでじっくりやる場合だけでなく、本屋のざわざわした売り場でやることも、時にはデパートのエスカレーターの近くで、お客さんが次々とのぞきこむ、みたいなこともある。雑多で難しい現場ほど、鍛えられる。

授業なんかもそうで、生徒がみんな聡明で熱心に聞いてくれるのならいいが、やる気なくて携帯いじっていて、私語もある、みたいな状況でいかにガツンと飛び道具を出して注意を引きつけて持っていくか、みたいな勝負もあるだろう。条件が整っていればいい、ということでは必ずしもないのだ。

立川流の落語家さんたちも、実際には小学校でやったり営業でデパートでやったりと、いろいろな場所でやるから、実質的には寄席と同じような雑多な現場で鍛えられている。いずれにせよ、落語における「寄席」、ほかの仕事における「寄席」的なものは、大切にしなければならない現場だと思う。』