ニコ・ロビンインドメタシンブログ!!

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いきなりメッセージ

ニコ・ロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ❗️『
f:id:barussnn127:20150304142602j:plain吟醸とか大吟醸というのは、お米を削る(磨く)んだということは知っていて、真珠みたいに丸くなったイメージもあったが、先日、誰かが、あれは真ん中にはあんまり栄養がないから、酵母が飢餓状態になって、それでいい香りがでるんだ、と言っていて、へえ〜と思った。

調べてみると、本当らしい。それで、野菜の甘みを引き出す農法のことを思い出した。水や栄養をぎりぎりにして、植物を飢餓状態にして、枯れるかどうかくらいにすると、ものすごく甘いのがとれるのだという。大吟醸にせよ、この農法にせよ、生命の持つ力を引き出す条件が飢餓だというのが面白い。

小林秀雄が『モオツァルト』を発表したのは終戦の翌年、1946年。当時は、生のオーケストラ演奏を聞く機会どころか、音質の良いレコードもなかった。雑音だらけのSPレコードで聞く。道頓堀の雑踏の中で突然降りてくるのである。精神は、飢餓状態になると、かえって音楽の本質に行くのではないか。

『モオツァルト』を、本場で、ウィーンフィルの名手たちの生演奏で聞くのはもちろんすばらしいことに違いないが、だからと言って小林秀雄の『モオツァルト』のような文章ができるわけではない。小林秀雄も、大吟醸の酵母菌も、水や栄養を絶たれた植物も、みな生命であるというところが共通している。

教育についての環境整備はどんどん進めるべきだろうが、学びの情熱が、環境が整えばそれで深まるというわけではないところが面白い。ネットでふんだんに英語に接することができる時代には、かえって、英語や異文化に対するあこがれが弱まるかもしれない。

萩原朔太郎は、『旅上』の冒頭で、「ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し」と書いた。朔太郎は、フランスに行かずして、かの地の精神の本質をつかんだ。情報があふれる時代に必要なのは、私たちの内なる生命力を引き出す、飢餓状態だろう。社会が与えないならば、自分で作るしかない。』