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朝からメッセージ

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ニコ・ロビンプレゼンツ茂木健一郎さんからのメッセージ❗️『ミネルヴァのふくろうはビッグデータの夕暮れに飛び立つ

ベストセラーになっているトマ・ピケティの『21世紀の資本』。このような硬い本が売れることは出版文化にとってもすばらしいことである。ところで、この本には、従来のフランス発の思想的ベストセラーと比較しても、顕著な特徴があるように思う。

フランスは、現代思想において、重要な国であり続けてきた。メルロ=ポンティドゥルーズや、ガタリデリダレヴィナスなど、新しい概念、思想、世界観の発信が行われてきた。これらの流れに対して、ピケティの『21世紀の資本』には、きわだった特徴がある。すなわち、実証主義、データ主義だ。

ピケティの『21世紀の資本』を象徴する、r>g(資本収益率は、経済成長率よりも大きい)という不等式は、革新的な概念というよりは、膨大なデータに基づいて丹念に解析された一つの実証である。だからこそ、経験主義的アプローチを重視するアメリカのような国でも、受け入れられ、評価された。

ピケティ氏のような仕事は、さまざまな事象についてビッグ・データが得られるこれからの時代において、一つの主流になっていくことだろう。一方、「ミネルヴァのふくろうはビッグデータの夕暮れに飛び立つ」(今朝思いついたフレーズ)。データの意味を理解し、展開する新概念も必ず必要とされる。

サイエンスよりも、テクノロジーが主流になり、思想よりもデータが力を持つ時代。そのような現代においても、新しい事象を理解するための思想は必ず必要とされるはずで、ただ、その出現は、ヘーゲルが指摘したように、事象がある程度その運動を終えつつある頃に、待たれるのかもしれない。

ところで、ピケティの指摘している格差は、経済的なもので、それは原理的には計量可能である。経済格差は確かに重要であるが、世の中には、知識や感性、価値観など、必ずしも計量できない格差(それは垂直であるとは限らず、水平かもしれない)がある。現代の力学を見ていると、後者の格差も重要。

知識や感性、価値観などの「格差」は、経済的格差に比べて、計量することも、論じること難しい。現代の相対的な世界観、政治的正しさの雰囲気の中で、所得格差のような計量可能なものではない格差は、より正面から論じることに困難がともなう。しかしそれは存在するのであり、現実を動かしている。』